(石薬師 宿)

九十七番   石薬師一里塚
(石薬師)

天文九年に足利将軍が諸国に命じ40町を一里としこの地、蒲川の西岸に榎を植えさせたそうであるが、伊勢湾台風で折れ根元だけが残っていたが 昭和52年、南側に榎を植え石碑を建て保存を計っている。

   日本橋から百 二 里。




鈴鹿市上野町83

江戸から⇒石薬師寺から西へ450m、上野町の古い街並みを下り、蒲川橋を渡ったすぐ左に大きな榎と石灯篭が見て来る。京から⇒ 1号線の下をくぐりすぐ左に折れ、国道沿いに144mでJR関西線に当たり、線路沿いを256mの行きあたりを左へ、線路を超えると60m前方に一里塚の大きな榎が見える。

東海道の一里塚  石薬師  東海道の一里塚

東海道の一里塚 東海道の一里塚 東海道一里塚